とはいうものの、こればっかりはなかなか難しい。時間的にも経済的にもまだ高校生の私では自力で叶えられるものではない。
 いやいや、今は無理でもきっと叶えよう。時間はかかるかもしれないけれど、必ず叶えられる事なんだから。

 それにしても、今頃何をしているんだろう? 

 私は遠くはなれた場所にいる愛しい人へと想いをはせる。今までずっと側にいたものだから、いまだに寂しく感じてしまう。

 私が気持を伝えたのは彼女がイタリアに発ってしまう少し前だった。
 分かっていた。彼女がいつかは日本からいなくなってしまうのは。でもこんなにも早くその時がきてしまうなんて思わなかった。
 一生会えないわけではないのはもちろん分かっているけれど、それでも今までのようにもう側にはいない。
 頭では理解できていても気持ちが追いつかない。だから私は気持ちが抑えられなくて言ってしまった。静かの事が好きなんだ、と。
 もちろん友達としてではなくと付け加えて。

 付き合うだとか付き合わないだとかそんなことは頭に無くて、ただただ自分の気持ちを伝えたかった。
 唯一、静に話す事ができなかったことを。

 私の言葉に大抵の事では驚かない静も面食らったような顔をしていた。
 自分では結構勇気を出してこの後どうなるのか不安でいっぱいだったはずなのに、静の表情を見てついおかしくて笑ってしまったのが懐かしい。そんなに前の事ではないのだけれど。
 私が笑い出したせいなのか静もおかしくなったらしく、しばらく一緒に笑っていたっけ。

 「ありがとう。気持ちを伝えてくれて」そう言って静かは私をこの上なくどきどきさせるとびっきりの微笑をくれた。
 耳まで真っ赤になった私をからかうことなく嬉しそうに見ていた。その反応にほっと安心していたのは内緒。
 だってもしかしたら友達でもいてくれなくなっちゃうんじゃないかって考えなかったわけではない。考えただけで口にしてはいないけど。
 だってそんなこと言ったら、私ってそんなに薄情なの? って怒られそうだから。


 その後の残り少ない日常はいつもと変わらなく過ぎていき、私はもやもやしていたものが無くなってすっきりした気分で過ごす事ができた。それも静がいつもと変わらないように接してくれたおかげでもある。

 そして、静はイタリアへと行ってしまった。ある一言を残して。



 なんて思いに耽って歩いていたらいつの間にかいつもの場所へと来ていた。私と静の秘密の場所。
 あまり人が来ないここでよく静の歌を聞かせてもらったっけ。周りの目を気にしなくてもいいし、思い切り声が出せるから思う存分歌声が聞けるこの場所が私は大好きだ。

 でも今は大好きなはずのこの場所も寂しく感じる。いつも2人で座る場所に腰をかけた。隣を見ればいるはずの静の姿はどこにも無い。 イタリアにいるんだからいなくて当たり前なんだけれど、私にとっては静の隣にいるのが日常だったのだから仕方が無い。
 ふっと寂しさがこみ上げてくる。静の笑顔が見たくて、静の声が懐かしくて、静の優しい歌声が聴きたくて……。

 視界がだんだん歪んできて、ぽろっと涙がこぼれていった。我慢していたのにと思うけれど、出はじめた涙が止まるはずがない。
 もういいや、と半ば諦めて私は誰もいないこの場所で思い切り泣く事にした。
 
 今まで静がいなくて寂しくて泣いた事はない。そうしたらずっと涙が止まりそうになくて、静がいない事実をさらに助長させてしまうから。
 でも今日はもう我慢してきたものが一気に溢れてしまった。

 今日だけは特別に少しだけでも叶えてはくれないだろうか。短冊に書いた私の想いを。これから先は自分で頑張るから。

 だから今日だけ、織姫と彦星は自分達の幸せを少しだけでも私に分けてくれないだろうか。


 「っうっく。し、ずかぁ……。あい、たいよぉ」


 日が暮れてうっすらと星の姿が見えてきている空を見上げながら私は静の名前を呼んだ。愛しくてどうしようもない人の名前を。
 返事があったらどんなに幸せだろう。優しい声で私の名前を呼んでくれたらどんなに……。
 ぼろぼろと涙がこぼれていくけれどかまうもんか。どうせ誰も見てはいないんだから。思い切り泣いてやるんだ。


 「うあぁーん!! しずかぁ! 大好きだー!!」


 泣きながら大声で叫ぶ。どうせ届かないけれど、この際私の気持をどこかにぶつけてやる。





 「ふふっ。酔っ払いみたい。そんなに私のこと大好きなの?」

 「そうだよ! そんなに静のことだいすき……ん!?」


 つい聞こえてきた声に答えてしまったけれど、私は今1人だったはずだ? それにこの声すごく聴きなれた感じというか、聴きたかった声なんですが……。

 飛び上がるくらいびっくりして声がしたほうに勢いよく顔を向けると、そこにはさっきまで願い続けた静の姿があった。これってもしかして、もしかすると!


 「幻覚か!?」

 「ちょっと、もう少し現実をみなさいよ」


 ばかねぇ、なんて言いながらくすくすと笑っている静の姿に目を白黒させるしかない。
 だって日本に居るはずがないんだ。なのに居るんだ目の前に。
 だめだ、なんかよく考えられない。頭が目から入る情報を否定している感じがする。信じられない。
 宝くじを買ってもいないのに3億円とか訳の分からない額が当たったような気分。や、この例えもおかしい。全部おかしい。


 「じゃあドッキリとか、静のそっくりさんとか、実は双子でしたとか」

 「実はイタリアに行ってませんでした、とか?」

 「はぁぁ!? 行ってなかったの!!?」

 「そんなはずないでしょ。だったら私は今までどこに居たのよ」


 ごもっともで。ってそうじゃなくて!! 
 なんなんだろう今の状況は。さっきまで滝のように出てた涙も嘘のように止まっている。それほど幻覚か何かか分からない静の登場はショックだったってことだ。


 「あのね」

 「うん?」

 「……死にそう」

 「……へ? ?」


 あははは、となぜか笑いがもれる。そう思ったら目の前が真っ暗になっていった。




 目を開ければ綺麗な星空が広がっていた。
 
 あれ? 何で星が見えるんだろう。頭がうまく回らない。何していたんだっけ? ここはどこだっけ?

 ぼんやりとしたままなんとか記憶をたどっていく。
 確か商店街に行って、短冊にお願い事書いた後ふらふら歩いて、いつもの場所に来て……、来て? 
 その後なんだか凄い事があった気がしたけれど、でも現実にはありえない事で。


 「ああ……、なんだ。やっぱり夢だったのか」


 そう呟くと今までの出来事がなんだかしっくり落ち着いた。
 いつの間にか泣きながら寝ちゃったんだ。だからあんなすごい夢を見たんだなぁ。でもとても幸せな夢だったな。


 「だからね、もう少し素直に現実をみたら?」

 「へっ!?」

 「あともう1つ、もうお願いだから気絶しないで」


 慌てたように付け加えられる一言だったけれど、あまり耳に入らない。
 いやいや、どうしたことだ。まだ夢を見ているのかな私は。再び混乱する私をなだめるように静は言った。


 「幻覚でも夢でも、ましてや双子でもないからね。帰ってきたの。少ししか居れないけれど」

 「ほ、本当に静?」

 「もう、どれだけ疑ってるのよ。なんなら触ってみたら?」


 苦笑いしながらそう言う静を見ていたらまた涙がこみ上げてくる。今度は寂しいのではなくて、嬉しさと安堵の涙。
 言われた通りに私を見下ろしている静の頬に手を伸ばしてそっと触れた。


 「さわ、っれる!」

 「また泣いてる。泣き虫」

 「泣いてっないっ!」


 ぼろぼろ泣きながら私は嘘を言った。
 そんな私を見ながら静は「じゃあ私の気のせいね」なんていいながら優しく微笑んで涙を拭ってくれる。
 どうしたらいいのか分からないくらい嬉しくて、もっと静に触れたくてぎゅっと腰に抱きついた。
 今更気が付いたんだけれど、ずっと膝枕をしていてくれたんだね。頭を撫でられる感触に目を細める。とても気持ちがよくて安心する。 私こんなに甘えん坊だったかな? なんて自分に苦笑いをした。でもせっかくだもん、今はめいいっぱい甘えたい。だって静の事がこんなにも大好きなんだもん。


 「静……。大好きっ!」


 すると頭を撫でていてくれた静の手がぴたりと止まった。
 思わず抑え切れなくて出てしまった言葉にはっとする。徐々に不安が押し寄せてきて怖くなった。もしかしたらもう言ってはいけない言葉だったのかもしれない。ほんとは静がどんな表情をしているのか見たくなかったけれど恐る恐る顔を上げた。


 「静、ごめんね。もう、言わない……から」

 「え? どうして?」

 「どうしてって……。だって、迷惑、でしょ?」

 「……迷惑そうに見える?」

 「迷惑そうに――」


 そのあとの言葉が続かない。迷惑そうには見えなかった。
 それより、暗くてよく見えないし自信が無いからはっきりと言えないけれど、静は照れているように見えた。
 耳まで真っ赤、な気がする。でも本当にそうなのかは分からない。だから私は静の耳に触れてみた。


 「やっ! ちょっと!!」

 「熱い」

 「……ばか」


 こんな可愛い静を見たことが無い。逆に私の顔が熱くなってくる。
 ばかってそんなに可愛く言われてもどきどきしかしないんですけれど。急に恥ずかしくなってきた。
 視線を合わせているのが辛くなって、逃げるようにまた静に抱きついた。上のほうから「ずるい」なんて言葉が聞こえたけれど聞こえないふり。


 「ねぇ、私が日本を発つ時に言ったこと覚えてる?」

 「うん。覚えてるよ」

 「それのね、答えを言いにきたの」

 「えっ!? わざわざ?」


 驚いて顔を再び上げる。ちょっと怒ったような静の表情が目に映って思わずたじろいだ。


 「わざわざって、それ程の事でしょう? それとも何? はそんな軽い気持ちだったってこと」

 「違うよ! そうじゃなくて……」


 や、だってそんな簡単に行き来できる場所じゃないし、お金だってかかるし。色々あるでしょう? 
 そう言うと静かはほんと、無駄にいい子ねなんて言ってのけた。良い意味で言っていないのは私にも分かる。だって、我がまま言えない。

 本当は静にずっと側に居てほしかった。イタリアなんかに行って欲しくなかった。本当は、本当は……。

 今まで心の奥に押し込めていた感情があふれ出てくる。言葉にはもちろんしないけれど。静かにも伝えないけれど。
 でも、長年の付き合いからなのか静かはきっと私自身でも持て余しているこの気持ちを感じ取ってくれていたんだろう。だから「無駄にいい子」なんて言い方したんだと思う。


 「ごめんなさい。ちょっと意地悪な言い方したわ」

 「ほんとに意地悪」

 「に本心を言えないようにさせていたのは私だものね。辛い思いをさせたわ」


 眉を下げてすまなそうにもう一度、ごめんねと静は言ったかと思うと、でも、と続ける。
 でも、もうそんな思いはさせないと。
 意図がわからずきょとんとして静を見つめると、優しい微笑が返ってきて再び顔が熱くなった。


 「あのね、が私のことを好きだって言ってくれたの凄く嬉しかったの」

 「そうなの?」

 「ええ。だって待ち望んでた言葉だったんだもの」

 「待ち望んでた……って?」

 「全く気が付いてなかったものね。は」

 「え? 何に?」

 「私の気持。この際だから言うけれど、私はずっと前からのこと好きだったのよ? もちろん恋愛対象として」

 「ええ!?」


 がばっと体を起こしてまじまじと静を見つめる。
 全然気が付いてなかったでしょう? という静にうんうんと頷く事しか出来ない。だって驚いて言葉が出ないんだもん。
 思いもしなかった。私が静のことを好きになるよりも先に、静が私のことを好きになっていただなんて。


 「嬉しくて仕方がなかった。でもその反面なんで今なのかと恨みもした。私はこのまま想いを秘めて行くつもりだったのに、どうして今なの? って」

 「ご、ごめん」

 「ううん、が悪いわけじゃないのよ。私に勇気が無かっただけ。だって両想いになったとしても離れ離れになってしまうなんて寂しくて辛すぎるって思って」

 「静が?」

 「何よ。私だって人並みに感情や欲望くらいあるわよ?」

 「いや、それはそうだけど。なんかイメージなくて」

 「それに私が我慢できないって思って。だから悪いけれど待っててもらったの、自分に自信が付くまで」

 「なんの自信?」

 「我慢が出来る自信」

 「なんっぅん!?」


 何の我慢? って聞きたかったのに、次の瞬間には頭が真っ白になった。
 いったい今私はどうなってるんだろう? と言うか何をされている?
 目の前に広がっていた景色はいつの間にか視界いっぱいの静の顔に変わっている。視界いっぱいにという事は顔が近いと言う事で……。

 それでいて、何かが唇に当たってる。温かくて、柔らかい何かが。


 「こういう事をする我慢」


 にこっと笑う静の顔をぽかんと見る事しか出来ない。こういう事……って?

 少しずつ状況を把握していくと共に体中が熱を帯びていくのが分かる。耳まで真っ赤になっていることだろう。


 「なあっ! ちょ、静!?」

 「なぁに?」

 「なぁに、じゃないよ!! い、今のっ!?」

 「うん? キスの事?」


 な、なんで平然と言える訳!? てか、やってのけたし! それとも何か、私の反応がおかしいのか。海外に行くと大胆になるの? ねぇ、そうなの?

 声が出せなくて口をぱくぱくとさせている私を見て笑ってる。なんか悔しい。でも、今の私では太刀打ちできない。


 「離れてたらこういう事できないでしょ? 手を繋いだり、抱きしめたり、キスしたり。……って聞いてる?」

 「き、聞いてるよ! 聞いてるけど、それどころじゃないんだよぅ……」

 「うーん。自信なくなってきた」


 はぁ、と溜息をつく静。そのままじっと怖いくらいに真剣な眼差しで見つめられた。


 「どうせこれから先、嫌でも我慢しなきゃならないんだから滞在中は我慢しない」

 「し、静さん? なんか目が怖いんですけど」

 「ねぇ、さっき叫んでるの聞いたんだけれど、私のこと大好きなのよね?」

 「う、うん」

 「私ものこと好き。という事は両想いなのよね?」

 「で、ですね」

 「じゃあ恋人同士でいいのよね? 私はそのつもりなんだけれど」

 「ええっと……、はい」


 まくし立てるように聞いてくる静かにただただ肯定の返事をするしかない。
 無理やりとかじゃないんだけれど、もうちょっとロマンチックなやり取りとかそういうのあってもいいよね?
 
 冗談でも「ううん」なんて言えなかった。だって目が凄く怖いんだもん。
 いつもの静と違う。何でこんなに確認してくるんだろう。確かにハッキリさせておいたほうが良いことはいいんだけれど、嬉しいはずなのに喜べる時間が無い。


 「良かった。ふふ、言うより先にキスしちゃったものね」

 「うっ……」

 「それじゃあもう1回しよっか?」

 「はぁ!?」

 「嫌なの? さっきのも、もしかして嫌だった?」

 「ちがっ、くて。嫌じゃないけど恥ずかしいって言うか、まだ早いって言うか……」

 「今しないと出来ないわよ? 私が居るうちじゃないと」


 そんなのは分かってるよ! というよりなんでこの人余裕しゃくしゃくなの。展開が早すぎてついていけないよ……。

 涙目になりかけた私を見て静は「ごめんごめん。ちょっとからかいすぎちゃった」と、全然悪びれる様子も無く言った。
 からかいすぎたって酷くない? じゃあどこまでが本気だったのさ。


 「だって可愛い反応するから」

 「か、可愛くなんかないから!」

 「だからそういうのが可愛いのよ。ううん、はいつだって可愛いわ。そういうところ大好きよ」


 大好きって……。静からそんな言葉聞けるとは思わなかった。
 もう何も言えやしない。完全にペースは向こうにある。恥ずかしくて仕方が無いのにどうしようもできない。
 静は絶対に今の状況を楽しんでいる。間違いない。


 「もう1回ちゃんとしたいなぁ」

 「……無理です」

 「えぇ〜。あ、そう言えば今日って七夕だったわね確か」

 「? そうだけど」

 「じゃあ私もお願い事してみようかしら? 短冊は無いから直接でいいかな」


 急に話が変わり不思議に思いながら静を眺める。静かはキラキラと星が輝く夜空に向かって嬉しそうに願い事をしはじめた。


 「どうかともう1度キスが出来ますように。今度は私からじゃなくてからがいいです」


 ねぇ、本当にずるいのはどっちだと思う?
 なったばかりだけれど、恋人にそんなお願い事をされてしまったら叶えない訳にはいかないじゃないか。
 それに私のお願い事は叶ってしまったわけだし。叶ってしまったっていうより、静が叶えてくれたと言うべきか。
 ならやっぱり私が叶えないといけない……んだよね?

 期待するかのような目でこちらをにこにこと見ている。まともに見れず地面に視線をやった。


 「目……、閉じてて」

 「え?」

 「恥ずかしいからっ!」


 そんなに嬉しそうにされると気恥ずかしさが増す。言われた通りに目を瞑る静に少しずつ顔を近づけていく。
 心臓が早鐘のようになって煩い。今までで1番の勇気を振り絞った。

 どうか大好きなこの気持ちが静に伝わりますように。

 私なりに精一杯気持ちを込めたキスがどうか静に届きますように。